2022年3月22日の日経クロステックの表題の記事を紹介します。
「建設資材の高騰は、構造物の躯体(くたい)に使用される木材やコンクリートにとどまらない。連載第5回の主役は内装材。かつてない値上げが始まろうとしている。内装材商社大手のサンゲツは、ほぼ全ての製品価格を2022年4月1日の受注分から一斉に値上げする。安田正介社長への取材を基に、内装材高騰の原因をひもとく。
「壁紙なんてどこでも買えると思っている人は多いかもしれないが……」。オンライン取材の画面越しに現れたサンゲツの安田正介社長の声は、言葉遣いこそ冷静だが、奥で熱を帯びているように聞こえた。
壁紙で日本国内のシェア約5割を誇る内装材商社であるサンゲツは、壁紙や床材など同社が取り扱う商品約1万2000点のほぼ全ての価格を、2022年4月1日受注分から18~24%値上げする。同社は21年9月にも13~18%値上げしており、わずか半年でさらなる値上げに踏み切る格好となった。
サンゲツは山月堂商店を設立した1953年以来、今回を含め6度しか値上げしていない。半年間で2度の値上げは異例だ。安田社長は、三菱商事で機能化学品本部長を務めた化合物のスペシャリストである。常務執行役員を経て2014年にサンゲツ社長に転身。内装材が高騰する現状を、長年、サプライチェーン(供給網)に携わってきた安田社長はどう見ているのか。
値上げが続いた主な理由は原料価格の高騰や物流コストの上昇だが、安田社長への取材から、内装業界が慢性的に抱えている課題も浮かび上がった。
主原料が高騰、ウクライナ侵攻で追い打ちも
内装材の高騰を引き起こした原因は、供給網の各段階にある。内装材の供給プロセスは、大きく3段階に分けられる。(1)原料調達と素材の製造、(2)内装材の製造、(3)現場への運送と施工──だ。
原料が内装材として構造物に使われるまでのプロセスは3段階から成る。上から順に(1)原料調達と素材の製造、(2)内装材の製造、(3)現場への運送と施工だ(資料:取材を基に日経クロステックが作成)
まずは供給網の川上である(1)原料調達と素材の製造を見る。
サンゲツが取り扱う壁紙の約95%はビニール壁紙。塩化ビニール樹脂(以下、塩ビ樹脂)を主な原料とする製品だ。同様に床材も塩ビタイルやビニール床シート、カーペットタイルなど塩ビ樹脂を主な原料とする製品が大半を占める。塩ビ樹脂は耐久性が高いとともに、製品のデザインに関係する発色性や加工性にも優れており、内装材には欠かせない。
塩ビ樹脂の原料は塩素とエチレン。塩素は工業塩を主原料とし、電気分解することで得られる。エチレンは原油からつくるナフサを主原料とし、熱分解することで得る。
塩素とエチレンを合成して中間原料の二塩化エチレン(EDC)とし、それを熱分解して塩ビモノマー(VCM)をつくる。VCMを重合して塩ビ樹脂(PVC)を生成するという流れだ。
塩化ビニール樹脂の製造プロセス。原料と燃料の高騰が幾重にも重なって影響する(資料:塩ビ工業・環境協会の資料を基に日経クロステックが作成)
この製造過程から分かる通り、塩ビ樹脂の製造コストは二重の痛手を受けている。1つは熱分解や電気分解で必要な石炭や天然ガスなどの燃料価格の上昇、もう1つは原料であるナフサの価格が高騰していること。特にナフサ価格の急騰は深刻だ。「ナフサ価格に連動して塩ビ樹脂の値決めをする商習慣が定着している」(安田社長)からだ。
財務省の貿易統計によると輸入ナフサ価格は21年12月、約7年ぶりに1kl当たり6万円を超えた。22年1月は1kl当たり約6万600円で、21年1月に比べて約2倍の水準だ。
グラフは輸入ナフサ価格の推移。国産ナフサ価格は平均輸入価格と連動させて四半期ごとに決まる(資料:財務省の貿易統計を基に日経クロステックが作成)
ロシアのウクライナ侵攻に伴い、ナフサの国際価格はさらに上昇。塩ビ樹脂のさらなる値上げは避けられない。例えば、21年に3度、塩ビ樹脂を値上げした材料メーカーのカネカ。同社は22年3月14日、22年4月1日出荷分から1kg当たり30円以上値上げすると発表した。国際情勢が不透明なことから、「ナフサ価格が上昇を続けた場合は追加の値上げも検討する」と、将来の値上げに言及する異例のコメントも合わせて発表した。
「共倒れになるぞ」
塩ビ樹脂は製造コストが上昇しているうえに、国内の需給も逼迫している。理由の1つはウッドショックの構造と同じ。米国で住宅着工戸数が急増して内装材の需要が増したことで、塩ビ樹脂の需要も増加。米国や欧州が自国向けに塩ビ樹脂を回したことで、輸出量が減少した。
一方、日本の塩ビ樹脂の生産能力は長期にわたって低迷している。塩ビ工業・環境協会がまとめた塩ビ樹脂生産・出荷実績によると、国内の塩ビ樹脂の需要量は1990年代後半をピークに減少の一途をたどっている。事業の採算が悪化したことで撤退する企業が相次ぎ、生産量も減少。90年代後半は毎年250万トン近くを生産していたが、2021年は約157万トンにとどまった。
このほか、塩ビ樹脂を柔らかくする可塑剤、カーテンやカーペットタイルで使われるナイロンなど、内装材の原料価格は軒並み高騰している。
原料・燃料高に加え、米国の住宅着工増加など複合的な原因が内装材の値上げ圧力となっている。しかも日本の内装材供給網は、その圧力を吸収できるだけの力を持っていない。安田社長は今、社員にこう伝えているという。「原料の値上げを製品で徹底的に抑えることはするな。メーカーに余裕を持たせないと共倒れになるぞ」
内装業界で続いた低価格競争が危機を招いた
原料や燃料の高騰が続くなか、製造過程の(2)で示した「内装材の製造」では、低迷する製品価格がメーカー・商社の首を絞めている。安田社長はこう話す。「そもそも日本の内装材は施工費を含めても非常に安い。海外の建築関係者に日本の内装業界について説明すると、『ペンキ屋が塗装するよりも内装施工者が壁紙を貼る方が安いなんてあり得ない』と驚愕(きょうがく)していた」
サンゲツによると内装材価格は1990年代半ばに急落して以降、20年以上ずっと低迷している。内装業界で過当競争が続いたことや、安価な建て売りの戸建てを供給する「パワービルダー」の台頭で壁紙単価の下落と廉価版製品へ移行が進んだことが原因だ。
低い収益性は市場からの退場を迫った。ビニール壁紙に関してはこの10年でメーカーが相次いで撤退・廃業した。残ったメーカーは需要をまかなうため、「3直4交代制・土日勤務のような無理な体制で製造している状況だ」(安田社長)
(3)で示した川下の「現場への運送や施工」では、建設工事における内装工事の立ち位置の特殊性が障壁になっている。
内装材の物流や施工は、「即時性」が求められるという特徴を持つ。住宅や店舗など小規模の建設工事の場合、内装材の注文を受けるのが施工する1~2日前のようなケースもあるという。建築の躯体を施工している際に内装材を保管しておくスペースを現場に確保できないことや、なるべくロスを少なく注文しようとすることが理由だ。
この特性に応えるため、サンゲツは国内11カ所の物流拠点を設け、商品約1万2000点を全て在庫にしている。東京23区では、午前10時半までに注文すれば、午後2時に出荷。多くの場合は代理店を通し、午後5時ごろには現場に納品する。
注文から出荷までの間に膨大な手作業をこなす必要がある。壁紙の場合、サンゲツでは10cm単位で注文を受ける。同社はメーカーから50~300mのロールで入荷しているため、注文から出荷までの間に注文に合わせてロールを手作業でカットし、梱包する。1日の出荷点数は約6万点にのぼる。
安田社長は「内装業界全体がもうからない中で今の配送体制を維持することが困難になりつつある」と話す。
また内装工事は建設工事の最後に位置するため、躯体工事などで生じた工期の遅れを吸収するクッションの役割を求められることがある。「年度末などで引き渡しが迫っているときは、夜を日に継いで施工する必要も生じる」(安田社長)
供給網の川下でスピード感が求められているにもかかわらず、内装材は安価で低収益。「川下の担い手の給与水準が上がらず深刻な人手不足に陥っている」と安田社長は危機感を募らせる。「素材メーカー、内装材メーカー、代理店、内装施工業者など、供給網を構成する全ての事業者の収益を改善しなければ、日本の内装業が総倒れになりかねない」
サンゲツが価格改定を発表した報道資料には、「インテリア業界の健全な発展のため」の文言がある。原料・燃料価格に端を発した「内装材ショック」は、内装材業界の構造的な弱点をあらわにしたともいえる。」
かつては、塩ビ製品は焼却炉で燃やした場合に猛毒であるダイオキシンが発生すると報道されたこともあり、建築業界でも「脱塩ビ」の流れがありました。しかし安価であることと、適度な柔らかさがあり施工しやすい等で、壁紙や建材の化粧シートとして、今でも多くの塩ビ製品が使用されています。この記事にもあるように、壁紙の材料代は非常に安価です。新築工事では施工費込みで㎡あたり1000円以下で施工されています。マンション1部屋の壁紙の施工面積は約200㎡なので、材工で20万円程度で施工されていることになります。材工でこの価格ですから、材料代は本当に安いと思います。この記事にあるように、壁を塗装で仕上げるよりも安いかもしれません。
今回の2度の値上げで壁紙の価格は従来品の1.3~1.5倍になります。また人件費もアップすれば、新築・リフォーム工事ともに値上げは避けられない状況です。
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